2015年2月11日水曜日

2014年 冒険の書 その5(北海道) #2

【2日目】7/20(日)
 0700時起床。
 今日は、引退を半年後に控えた赤い汽車で涅槃へ。


 ホテル最寄りの豊水すすきのから、地下鉄東豊線で札幌駅に出たのが0800時。
 地下のミスドで、朝食代わりのドーナツを蝕みながら列車の時間までgdgdする。

 今日、僕が乗る予定の小樽発旭川行き普通列車2151Mは札幌0908時発であるが、どうも嫌な予感がする。具体的には、てつおたの匂いがしみついてむせるのだ。引退間近の電車には、必ずといっていいほどてつおたが乗っている。僕もそのひとりだが。

 おとなしいてつおたならよいが、中にはやたらと騒いだりでかい声でしゃべったり、徒党を組んで他を排斥するがのごとく横暴を極める邪悪なてつおたもいる。よしんばそういう不逞の輩がいないとしても、僕と同様にこの休みを利用して、赤い汽車にお別れを告げにきたてつおたが多すぎて、座席を確保できないかもしれない。

 僕は、そういうリスクを勘案した結果、ミスドでのgdgdを切り上げて、予定の電車を札幌駅で待つのではなく迎えにいくことにした。札幌からひとつ隣の桑園(そうえん)駅へ移動し、札幌駅から乗るであろう大量のてつおたを回避する算段である。

 札幌駅から18きっぷを使って桑園へ。しばらく待っていると、ガラガラの赤い汽車がやってきた。悠々とボックスシートを確保して、桑園0902時発。3分で札幌駅に戻る。

 札幌ではそこそこな数のてつおたが待っていた。
 ほとんどは一人旅で静かな方ばかりだが、1グループだけ、でかい声で話す4人組が…。

 ('A`)うるさいんです。

 最初こそ、その集団にイラッとしたが、そのうちに僕は雑念を捨て、意識を電車に集中していった。この赤い汽車との逢瀬は、これで最後になるという悲愴の覚悟を持って。

▼ 非冷房の愉悦


▼ 夕張川を渡る

▼ ガタンゴトンで逝きそう

 この赤い汽車、名前を711系というが、この子にはクーラーなどという洒落たものは付いていない。暑ければ窓を開ける、ただそれだけだ。たったそれだけのことが、てつおたにとっては快楽になりうるのだ。流れる車窓を肌で感じ、風を受け、においを嗅ぐ。てつおたにとって、これほどの愉悦がほかにあるだろうか。

 旅の原点とは、流れる景色をじかに目で見ることだと、僕は思っている。人々が自分の足で旅をしていた時代、旅の風景と自身の内面との境界は、その網膜であった。やがて乗り物が登場すると、網膜と景色の間には窓が介在するようになった。窓は雨風をしのぐ大事なものだが、同時に自分の目で景色を愛で、肌で風を感じる楽しみを奪ってしまった。
 今の乗り物は新幹線にしろ、飛行機にしろ、窓が開かない。あるいは自動車や電車やバスに関しては冷暖房完備で、よっぽどのことがない限り、窓を開ける必要がない。だけども旅をするからには、窓を介さずにその網膜で直接景色を眺めたいという欲求が、旅屑としてはどうしても捨てることができない。そんな欲求を叶えられるのが、この赤い汽車なのだった。

 そうこうして恍惚としているうちに、列車は岩見沢に滑り込んだ。28分ほどの停車時間中に、ここで6両編成の後ろ3両を切り離す。列車が旅の支度をしているこの間に、北海道で欠かせないサッポロビールと惣菜パンを買うのが僕の定番スタイル。岩見沢駅には改札外に売店とパン屋があるのでさっと買い物へ。

▼ 北海道ならではの並びを眺める至福


 ついでに写真をぱしゃぱしゃ。

▼ 岩見沢駅名物 ばんえい競馬の銅像と

▼ もう1枚

▼ 凛々しいお顔

▼ どこをどう切り取っても美しい


 一通り写真を撮って車内に戻り、買ってきた酒をおもむろに呑りはじめる。
 
▼ 屑開始


 酒を呑んでいるときに隣のホームにやってきたディーゼルカーを何気なく見ていたら、行先板の交換作業を目撃して再度逝去。

▼ これが

▼ こうじゃ!(アイエエエ…)


 岩見沢を出ると、列車は空知平野を一直線に駆けてゆく。車窓の右手には三笠山をはじめとする空知の山々、あれは夕張山地になるのだろうか。そして左側には広大な田んぼや畑が広がる。ただ、肝心の写真は、電車に集中しすぎて撮りそびれた。

 岩見沢から40分ほど走って、滝川に到着。
 ここで再び42分ほど停まる。

▼ もう少しまともな角度で撮ればよかった


 この2151Mという列車は、札幌(0908時発)から旭川(1242時着)まで、136.8kmを3時間34分かけて走るのだが、そのうち停まってる時間が1時間10分もある、まさに鈍行を地で行くような列車である。
 昔の鈍行は大きな駅ごとに、荷物や郵便の取り扱いがあったため、長めに停まるのが当たり前だったが、そういった作業がない現代でこれほどまでの長時間停車を持つ鈍行はいまや貴重だ。てつおたはそんなことに思いを馳せながら、列車が動いていない時間にすら旅情を感じるのである。

 時間が有り余るのと、停車中に車内が30度を越えて大変暑くなったので、ホームに出て写真を撮りに。

▼ ああもうイケメンすぐる

▼ 運転席など(雑誌はご愛嬌)

 ホームの自販機コーナーに、古めかしい看板が残っているのを見つけた。大好きな電車と永遠のテーマ。こんなんずるすぎて逝かざるをえない。

▼ 逝去しそう

▼ おうちにお持ち帰りしたいレトロな感じの洗面所

 滝川を出ると、終点旭川までは40分ほど。

▼ 真っ直ぐな線路に広い空、これが北海道だよ!

▼ 滝川から妹背牛(もせうし)までの車窓など【音量注意】

 列車は北海道らしい真っ直ぐな線路をすべるように走ってゆき、やがてだんだんと山に分け入ってゆくと、そこは神居古潭(かむいこたん)。アイヌ語で「神の住むところ」という意味だという。確かに神様がいそうな幻想的な渓谷だが、無情にも列車はその神居古潭のそばを長いトンネルで抜けてしまう。そのトンネルの反対側はもう旭川の街。列車は定刻どおり1242時、静かに旭川駅に到着した。

 昨年(2013年)もこの時期に旭川を訪ね、そのときは旭川在住の知人に会ったが、この日は赤い汽車に集中するためとんぼ返り。駅の売店で駅弁を買って再度ホームへ上がり、列車を眺めながら帰りの赤い汽車を待つ。

 旭川は、函館本線と、ラベンダーで有名な富良野へ向かう富良野線、最北の地である稚内に向かう宗谷本線、そして網走へ向かう石北本線の4路線が接続する、日本最北のジャンクションである。駅で観ていると、いろいろな列車がやってきて大変愉快。

▼ 気動車の王道、異形式混結

▼ 旅屑の友

▼ 輝きの向こう側へ行きたい

▼ カポゥとディーゼルカーはなぜかよく似合う

 1329時、僕と赤い汽車最後の逢瀬となる列車、岩見沢行き2220Mがゆっくりと入線。

▼ 泣いても笑ってもこれが最後

 往路で遭遇したうるさいグループがいたので、違う車両に腰を落ち着ける。僕は好きで好きで仕方がない赤い汽車との最後のひとときを味わうために、雑念を捨てて、涅槃の心持ちで写真を撮り続けた。

▼ これが汽車旅だよ

▼ だけどもこの赤い汽車で旅するのはこれが最後

▼ 美しい風景に酔う

▼ はあ北海道だにゃあ…

▼ 名残惜しさからついついシャッターを切る回数も増えます

▼ 対向列車にも赤い汽車が

▼北海道らしい並びもこれで見納め

▼ うっとり

▼ もう(何でもかんでも撮ってて)無茶苦茶だよ!

▼ 駅を出るたびにその足取りをしっかりと心に刻む

 そうこうしているうちに列車は定刻1521時、いよいよ終点の岩見沢に到着した。してしまった…。
 
 てつおたを続けていると避けることができないのが、好きな車両との別れの哀しみである。これだけは何度経験してもつらい。昨日まで当たり前に走っていたものが、ある日を境に突然姿を消してしまうというのは、ほかの乗り物ではあまり考えられないような気がする。

 これが自動車なら多少古くても維持できるし、船などは大変寿命が長く、手入れをすればいくらでも使えるが、公共交通機関たる鉄道車両は、その社会的使命を終えたり、耐用年数が過ぎてしまうと、その大多数が保存されることもなく鉄くずとして解体されてしまう。

 また、自動車や船や飛行機は、頑張れば自分で所有できるが、鉄道だけはそうはいかない。鉄道模型というジャンルが他の乗り物に比べて、質量共に異様に充実しているのは、実物を所有できないという永遠のジレンマというか宿命を、てつおた自身が模型を介して慰めるためだと僕は思っている。

 だけども鉄道模型には乗れない。1/1スケールの鉄道模型などは存在しない。僕なんかは偏狭ゆえに鉄道とは乗ってナンボだと思っているので、模型を見るのは好きでも、それを所有したり走らせるのはあまり積極的ではない。そうなると、日ごろから今走っている電車たちが見せてくれる一瞬の表情なり情景を切り取って、それを精一杯愛でてあげることが、僕のようなへそ曲がりにできる数少ない努力なのではないかと思う。

▼ さらば赤い汽車…(嗚咽

 偶然にも、最新型と引退間近のロートルが並んだ一瞬を捉えることができた。こういう偶然の積み重ねが、てつおた趣味の愉しさである。よく僕が電車をガチャに例えるのは、こういうところにある。引いたSRは愛でてやらないと。

▼ 新旧交代(バトンタッチ)


 赤い汽車との逢瀬の余韻に浸りながら、岩見沢から快速電車で札幌駅に戻る。ホテルで旅装を解いて、急いで大通公園の夏季限定ビヤガーデンへ向かう。

▼ 札幌の路面電車などを見つつ

 大通公園でsntkさん、msknさん、そして北の家族(旦那さん、didiさん、mkn氏)と合流。この日はわざわざ北海道勢が集まって、僕の歓迎委員会を開いてくれたのだった。ありがてえ、ありがてえ…。didiさんとは2013年の夏に会ったことがあったが、旦那さん&mkn氏とは初めましてでした。mkn氏が思ってたより大きくてびっくりした。

▼ 大通公園のビヤガーデンにて屑開始

▼ はあうめえ

 僕らがはあうめえしていると、そのうちにmkn氏がお疲れモードに入ったので、旦那さんとmkn氏は宴半ばで撤退。sntk、mskn、didiの各氏と僕の4人はあの店へ。

 『四文屋札幌ホクレンビル店』

 この響きにdidiさんが詠唱反応したのを僕は見逃さなかった。まあ、didiさんじゃなくても詠唱反応するだろうが。北海道でもそのクオリティの高さは帝都と変わらない、安定かつ磐石の四文屋だ。四文屋にはぜひ全都道府県に店舗展開して、旅屑や地方赴任者のはあうめえ需要を満たして頂きたい。たとえば鳥取とかに。

▼ふるさとの味がする

▼ 冷製タン 一同「あっあっ」

 話題はなんで北海道首都にはこんなに四文屋あるのとか、てつおたぺりあの目覚ましかのんちゃんの背景が赤ウインナーでこれはひどいとかいろいろあったが、そんなこんなでニクゥとさけのみてえなあの欲求を解消して解散の流れとなった。北海道勢のみなさんありがとう。

 もう1軒行こうか迷ったが、いささか食いすぎたので、東豊線でさっさと豊水すすきのに戻り、汽車と酒の余韻を楽しみながら就寝。

 たのしい北海道2日目、終わり。

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