2016年8月3日水曜日

2014年 冒険の書 その9(北陸その2) #1

2014/8/23~24
 私鉄全線、7470.4キロメートルの向こう側へ。

【1日目】8/23(土)
 0545時起床。

 職場の付き合いで夜中の1時半ぐらいまで呑んでいたので、起きるのが大変しんどかったが、いよいよこの旅で私鉄全線完乗だぞと、重い頭を横に振りつつ自分を奮い起こして大宮駅の新幹線ホームへ。
 この日の北へ向かう1番列車たる、はやぶさ・こまち1号などを見送って気分を高めながら、残り5.9kmとなった私鉄線に乗るべく、まずは7時18分発のあさま601号長野行きを待つ。

1番列車はその路線のクイーン

 乗り込んだ車内には、見慣れた顔が。
 僕の友人、T氏が、グリーン席に預けたその大柄な身体をすっと起こして、僕を迎えてくれた。

 T氏とは、高校の同級生になった縁から、ともにいろいろと悪さをしてきた仲で、今思えば無謀なことをしてきたと思う。高校時代は、ひたすら夜行列車と鈍行と船だけを乗り継いで日本中をうろうろしたり、社会人になってからも、酔った勢いで寝台券を買って夜汽車に飛び乗ってみたり…。

 僕が若い頃にしてきたやんちゃ旅のほとんどには、T氏が一緒にいたような気がする。僕の全線完乗への道筋を一番近く見ていた人かもしれない。

 そんなT氏が、ぜひとも僕の私鉄完乗の瞬間を見届けたいと、今乗っている新幹線のきっぷの手配やら旅程の組み立てやらをおぜん立てをしてくれたおかげで、僕は今こうして私鉄完乗へのカウントダウンの栄光に浴しているわけだ。

 僕は、ツアー旅行とか団体旅行とか、いわゆる人任せの旅というのがどうにも苦手なのだが、気が置けない仲のT氏に旅程の一切を任せるのにはまったく抵抗がない。まあ、16年も同じ趣味を嗜んでいれば、おのずと互いの好みがわかってくるもので、今回の旅程に関しても、行きのこの新幹線から帰りの列車まで、まったく非の打ちどころがないものに仕上がっていた。

 T氏と旧交を温めながら新幹線のグリーン車でだらだらと過ごし、0840時に長野に到着。

グリーン車でだらだらぐだぐだ

 ここでアルピコ交通の路線バスに乗り換える。山登りの好適シーズンなので混むかと思ったら、それほどの混雑もなくバスは出発した。

 バスは犀川を遡るように国道19号線を西へ向かい、途中で大町街道と呼ばれる脇道に折れる。車窓は川、山、そば畑。絵に描いたような「信州」の風景だ。それが途切れると大町市、ここで大糸線と交わって、バスはさらに西の扇沢という駅へと向かう。

行先板
そんなに混まなかった
ソバ畑
信州らしい風景
終点 扇沢にて

 さて、鉄道というものは、文字通り鉄の道を行くから鉄道というのであって、モノレールは、鉄道と似たような形の箱を、1本(モノ)のレールの上で転がしているから鉄道の仲間といえるだろう。ケーブルカーも、動力は巻き上げ機に依存しているが、その力でレールの上を行ったり来たりするので、やはり鉄道に含めても異論はあるまい。

 その一方で、世の中には、どう見てもバスの形をしているのに鉄道の仲間を自称する、ちょっと変わった鉄道もある。歩む道には線路もなく、進む方向は普通の自動車とおなじくハンドルに拠っている。
 トロリーバスと呼ばれるその「変な鉄道」は、よりにもよって普段はなかなか足が向かうことのない深い山奥のダムに2路線もあるのだった。

 ハンドルで操舵する乗り物が、なぜ鉄道に組み入れられているのかというと、これは単に「軌道法」という路面電車や一部のモノレールなど、「道路の上に線路を敷いて走る乗り物」を律する法のアヤのせいだ。前述の疑問は、トロリーバスという乗り物を、法律で「無軌条電車」という矛盾した単語に収斂させた結果なのである。物理よりも論理が先行している官僚的なものの考え方といえるかもしれない。とはいえ、この「無軌条」な「電車」も、日本の法律では鉄道の仲間とされている以上、僕としては看過するわけにはいかない。

 むしろ、僕としては、この愉快な鉄道の仲間たちが、僕の私鉄全線完乗の前夜祭に付き合ってくれるというのが痛快でならない。僕のようなへそ曲がりがたどってきた旅路のフィナーレにふさわしい、路線は短くとも、個性的な面々である。

 では、今日僕たちが挑む「立山黒部アルペンルート」の、ひとクセあるその面々を見てみるとしよう。 路線名を列挙していくと、

 ・関西電力関電トンネルトロリーバス。
 ・立山黒部貫光黒部ケーブルカー。
 ・立山ロープウェイ。
 ・立山黒部貫光無軌条電車線(立山トンネルトロリーバス)。
 ・立山黒部貫光立山高原バス。
 ・立山黒部貫光立山ケーブルカー。
 ・富山地方鉄道本線。

 立山黒部貫光の文字がゲシュタルト崩壊を起こしそうな勢いであるが、その種類を見てもトロリーバス、ケーブルカー、ロープウェイ、バス、そして電車と、まるで乗り物の博覧会のようだ。

 今日狙うのは、このうちの立山黒部貫光無軌条電車線とケーブルカー2路線、合わせて5.8kmだ。もっとも、ここに書いたすべての乗り物に乗らないと、立山黒部アルペンルートを抜けることはできないので、必然としてこのすべてに乗ることになる。

でははじめるか
扇沢から富山まで通しで切符が買える

 関西電力トロリーバス、扇沢駅。
 ここは僕にとって、いわゆる「疑惑の地」である。

 1988年、もう30年近く前になるが、ここで撮られた写真には、幼い頃の僕が写っている。そして、その後ろには銀色のトロリーバスが。

 端的に言うと、「乗ったか乗ってないのかがわからない」という、伊豆箱根鉄道十国鋼索線でもあったあの疑惑だ。僕には黒部ダムに行った記憶があり、写真もある。そして、ここ扇沢駅から黒部ダムに行くには、この関西電力トロリーバスに乗らなければいけないので、おそらく僕はこの路線に乗っているのだろう。そのことから、この路線は乗車したものとして記録に含んでいた。ただ困ったことに、トロリーバスに乗った記憶がまったくないのだ。

 疑わしきは乗る、の不文律に準じて、とは思うが、先にも述べたように、起点から終点までが一本道の立山黒部アルペンルートでは、どちらにしろ目の前にある乗り物に乗らないと次の乗り物にたどり着けないので、ここは問答無用で乗ってしまうことにする。

 乗り場が環状になった扇沢駅から、トロリーバスが「4両編成」で出発する。トロリーバスが動き出すと、乗り心地はバスなのに電車と同じ音が聞こえてくる。これには僕もT氏も苦笑い。

 トロリーバスは扇沢の駅を出ると、すぐに長いトンネルに入る。これは黒部ダムを造るために掘られた大町トンネルというもので、途中に多量の水を含む破砕帯と呼ばれる部分がある。この破砕帯の突破に苦労したことは、「黒部の太陽」という古い映画で描かれているので有名だ。

 トンネルに入ってしばらくすると、長野県と富山県の県境の看板があり、あとは単調に進んでゆくだけだが、途中でトロリーバス同士がすれ違いできるスペースがあり、そこで対向のバスたちと「列車交換」をする。先日、東北で乗ったBRTを思い出させるが、元祖はこちらのトロリーバスだ。

どう見てもバスですが鉄道&電車の仲間
電気を取り込んだり送ったりするポール(上のほうの2本の棒)

 関電トロリーバスに15分ほど揺られ、終点の黒部ダム駅を降りると、そこはもう黒部ダムの堤体の上になる。下を覗けば、吐水口から膨大な量の水が噴き出していて、まわりにきらきらと虹をかけている。30分ほどT氏と堤体の上を行ったり来たりしながら写真を撮ったり風景を眺めたりする。

黒部湖
ダムは構造物がいちいち格好いい

 黒部ダム駅からダムの堤体を渡って、反対側のトンネルに入る。
 そのトンネルの中は、立山黒部貫光黒部ケーブルカーの黒部湖駅。この路線は全国でも珍しい、全線がトンネルの中に敷設されているケーブルカーである。トンネル内にあるのは、雪害を防ぐためという。

最後のダンジョンの扉が開いた感

 トロリーバス4台分の客が乗り込み、ケーブルカーは大混雑の様相。どうも僕がケーブルカーに乗ると空いていることが多いが、こんなに混んでいるケーブルカーに乗ったのは初めてかもしれない。トンネルの中なので眺望を気にしなくて済むのが唯一の救いだ。

 とはいえ初乗車路線。にわかに興奮してくる。混雑に呑まれて0.8km、5分で黒部ケーブルカー初乗車の旅が終わり、黒部平駅へ到着。これで今日は残り5.0km。

もうこの時点でたくさん並んでる

かろうじて撮った1枚

 続いてはロープウェイ。トンネルが多い立山黒部アルペンルートの中では、数少ない眺望を味わえる乗り物だ。行く手の立山連峰は、ところどころに万年雪が白く光り、後ろでは黒部湖がエメラルド色に輝いている。

 8分ほどの空中旅行で大観峰駅へ。ここはロープウェイなので、参考記録として「乗車距離 1.6km」とメモを取る。

ロープウェイから
同上

 この大観峰駅からの眺めが抜群に美しく、晴れ渡る空を見上げて僕とT氏は口をそろえて最高の天気だ、こんな天気の日に来られたのはよかったと好天を称えながら、眼前の山々を眺めては写真を撮り続けた。360度ぐるりとどこを見ても山、山、山…。山に疎い自分が悔しい。

山の名前がわからん
背中は立山連峰の山というか岩

 大観峰で景色を味わい、次は立山黒部貫光無軌条電車線、通称立山トンネルトロリーバスに乗り込む。ここはもともと、エンジンで動く普通のバスが走っていたが、環境対策としてトロリーバスに変更された区間である。ここも初乗車。先ほどの関電トロリーバスと同様、湿ったトンネルをひた走り室堂駅。3.7kmの旅だ。今日の残りは1.3km。
 もうひとついうと、これで国内のトロリーバス全線乗車となる。やったねとろちゃん。

やっぱり鉄道&電車の仲間

 室堂まで来ると、立山連峰はもう背後。あとは下るだけだが、この先にもケーブルカーが控えているのでまだまだ気は抜けない。

 室堂でハイブリッドバス(プリウスのバス版)に乗り換えて、そのケーブルカーの乗車駅たる美女平まで下るのだが、ここの車窓がまた美しい。緑豊かな原生林を左右に見ながら、バスはヘアピンカーブの側溝を内輪差ぎりぎりで攻めつつ下ってゆく。

あつい走りを見せてくれたハイブリッドバス
美女平駅着

 美女平で、いよいよ今日最後の未乗区間、立山ケーブルカーに乗り込む。
 全国にあるすべてのケーブルカーに乗ってきた僕からすると、ここがケーブルカーとしては最後の路線になるわけだ。これに乗ってしまったら、もう乗ったことがないケーブルカーはどこにもないんだという、一種の感傷というか物悲しさが胸に去来する。そう思うと、目の前のたった1.3kmの線路が、大変いとおしく思えてならなかった。

 僕らを乗せた立山ケーブルカーが、ゴトン、というケーブルカー特有の音を立てて動き出すと、僕の胸中に、今まで乗ってきたケーブルカーたちが走馬灯のように思い起こされた。

ケーブルカー最後の路線

 ケーブルカーは、どちらかというと華がないというか、観光地や行楽地の足に徹していて、大変地味な乗り物だと思う。また、ケーブルカー自身に乗りに行こうという者などは皆無だとも思う。

 だが、日本にあるケーブルカー24路線すべてに乗ってみて、華がないとか地味などとはとんでもないことで、これほどまでに個性的で素敵な乗り物たちはないと思うに至った。

 青函トンネルにつながる日本最北のケーブルカー、青函トンネル竜飛斜坑線。
 983mmというどこにもない軌間を採用している箱根登山鋼索線。
 2両連結だけども、1両は窓なしで極寒に震えた六甲ケーブル線。
 僕しか乗っていない車内にいきなり「童謡」が流れてきて大変「動揺」した生駒ケーブル線。
 寺への寄付という形で運賃を払うと乗せてもらえるがゆえに、特定の宗教を信仰しない僕を一時的に仏門に帰依させた鞍馬山鋼索線。
 レトロフューチャーな感じの車両がいまだ現役の八栗ケーブル。
 遊園地の中にあってアトラクションのひとつとなっている別府ラクテンチケーブル線…。

 思い返せば、どれも手ごわく、そしてクセのある路線ばかりだったが、これらを巡る楽しみがあったのも事実である。今なら全国のケーブルカーだけを巡る旅をしてもいい、それぐらいケーブルカーに魅せられている僕がいる。

 そんなことを思っている間にも、立山ケーブルカーはどんどん進んでゆく。途中のすれ違いポイントを過ぎ、残り半分になった頃には、今までのケーブルカーたちを思い出して泣きそうになっていた。

もうすぐ終点…

 1秒1秒、1メートル1メートルをかみしめるように降りること7分。
 ケーブルカーはついに終点の立山駅に到着。

 これで今日の未乗路線5.8km、また全国のケーブルカー全線24.4kmに乗ったことになる。

ケーブルカーが終わってしまった…

 ケーブルカー全線完乗を祝して、立山駅前の酒屋で地ビールを買い、祝杯を上げる。

ささやかな祝杯

 祝杯のあと、富山地鉄本線で富山市内の宿へ移動し、T氏と夜の街へと繰り出した。
 市内どこからでも指呼できる立山連峰のごとく、僕らが行く先々の店に、僕の大好きな銀嶺立山があるのには軽く興奮した。銀嶺立山は、僕が生まれて初めて呑んだ酒にして、今もなお愛してやまない酒。それが居酒屋やバーはもちろん、ラーメン屋にまで…。涅槃とはこのことではと思いつつ、行く店行く店で銀嶺立山を盃に、再度祝杯を重ねた夜であった。

珍味と
天ぷらと
銀嶺立山

2軒目でも珍味と

やっぱり銀嶺立山 

〆は富山ブラック 呑まなかったけどこの店にも銀嶺立山があった

 いよいよ明日は残り0.1km、そして私鉄全線7470.4km完乗へ…。

【今回の実績解除記録】
 立山黒部貫光 黒部ケーブルカー(0.8km)
 立山黒部貫光 無軌条電車線(3.7km)
 立山黒部貫光 立山ケーブルカー(1.3km)

 国内全ケーブルカー乗車(24.4km)

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