2018年4月17日火曜日

鉄道の有効活用について(2016年7月 京急大師線)

 前に勤めていた会社の人から、「久しぶりに一杯どうですか」とお誘いが来た。
 その人が川崎在住なので、「お互いが東京まで出るのだったら、僕がそのまま川崎まで行きますよ」という話になった。
 せっかく川崎に行くのであるなら、京急大師線に乗ろう。
 そう決めて、僕はそのまま乗っていても川崎まで行く上野東京ラインの電車を品川で捨て、赤い快特電車に乗り換えた。

2018年2月26日月曜日

旅の情感と交感と(2015年6月 札沼線)

 沿線の人たちには大変失礼な話であるが、札沼線は地味な路線だ。
 札幌都市圏の通勤通学の重責を担っており、それがゆえに学園都市線なる別名を与えられてはいるが、それとて途中の駅までの話であって、その先には学園もなければ都市もなく、いわんや観光地などありもしない。
 僕個人の感覚としては、学園都市線という名前はどうにも違和感を禁じえないので、ここではあえて札沼線と呼ばせてもらう。
 その札沼線は、どちらかというと、地元の人が、自分の用事のために使う路線である。本来であれば、旅人の訪問は似つかわしくない路線であるが、あえてそこに僕はお邪魔してみることにした。

2018年1月5日金曜日

10年前の旅の話など(2008年1月 北陸)

 今さら10年前の旅を思い起こそうとしても、さすがに記憶が乏しく筆が止まる。
 ただ覚えているのは、その日は悪友T氏と、横浜は関内界隈の焼肉屋で会食した際にひどく酩酊し、酒の力で高揚した僕らはその足で関内駅のみどりの窓口に行って、当夜の寝台特急「北陸」の寝台券を買ったことだけである。
 と、書いたところでいろいろと思い出してきたので、少し筆を進めることとする。

2017年10月8日日曜日

線路の行く先を久しぶりに確かめる(2017年2月 中央本線)

 幼い頃、「時刻表で、索引図を見ずに中央本線のページを1回で開けるようになると、その人は旅人として一人前だ」と、いとこか誰かに言われて、時刻表を片手に一生懸命練習したことがあった。

2017年9月24日日曜日

そこに鉄路がある、それだけで僕にはありがたい(2016年6月 東北本線利府支線)

 盲腸線。
 それはいろいろと事情があって、本線筋から外れて枝葉を生やし、行き止まりとなっている鉄道路線たちの通称である。行き止まりであるから盲腸とは、昔の人はうまく言ったものだと思うが、今回はそんな行き止まりの路線について語りたいと思う。